第677回男塾「心を自由にする哲学のはなし」5 最終回
自分で自分を認められるようになればよい
【第23節】
『人に認められたいという思いから、外面的なことに少しでも気を取られたら、あなたは、計画をぶち壊したのだ、と知るがよい。あなたの心は、哲学者の道を歩んでいるという一点においてのみ、満たされなくてはならない。人から哲学者として認められたいなら、自分で自分をそう思えるようになればよい。それで十分である』
この教えは私にとっては得意な分野である。他人の評価を得よう、人気者になりたいという気持ちはずいぶん前に乗り越えてしまっている。だから自信を持って解説できる。
これは「人に好かれる人に認められることを目的にするな」という教えだ。他人からの評価や評判は最終的に自分で自由に制御できることではない。他人の目を気にしたり、どのように評価してくれるか、自分のことを支持してくれるか、このようなことを気にしたり恐れたりしてはいけない。なぜそうしなければならないかというと、奴隷になってしまうからだ。
人は、特に日本人は、知らぬ間に人のモノサシで生きる傾向が強い。それは評価を得るために、ついついそうなってしまうからだ。古代ローマ皇帝はコロッセオで敗北した剣闘士にトドメを刺すか否かを、大観衆の声を聞いて判断した。映画「グラディエーター」を見ればそういったシーンが描かれているが、あれは本当にあったことで皇帝も人気商売であった。自分のモノサシではなく、世間や他人のモノサシで測り、自分では意図せぬことをしてしまう。これはよくあること。