第324回男塾「イスラエル紀行・アラブ論後編」4
第一次中東戦争勃発
パレスチナは近隣のアラブ諸国の力を借りて連合してイスラエルに乗り込む。これが1948年から1949年に行われた「第一次中東戦争」。別名、「パレスチナ戦争」とも呼称される。但し、イスラエルではこの戦争を独立戦争と位置付けている。この時にエジプトが攻め込んだのが「ヨルダン西岸地区」。現在、筆者が入ったパレスチナ暫定自治区のヨルダン川西岸地区の場所だ。
この戦争は当然、親分の世界最強国のアメリカの支援もあり、イスラエルが勝利することとなる。戦争に勝てば領土が拡大するのは歴史の常。国連分割統治案ではもともとパレスチナの領土になるはずだった場所も、イスラエルが領土拡大で持って行くこととなった。今はハマスが支配している暫定自治区のガザ地区はエジプトが支配し、ヨルダン川西岸地区はヨルダンが占領することになった。パレスチナは踏んだり蹴ったりで、パレスチナ難民を大量に増やすことになる。それが現代まで続いている。
また、エルサレムはその歴史的に複雑な政治的宗教的経緯から、イスラエル、パレスチナ両国の領土とすることなく、国連による管理地とされた。但しこの玉虫色の国連政策に対して両国が黙っているはずはなかった。
第二次中東戦争勃発
まだ戦争は終わらない。1956年に第二次中東戦争が勃発するこの戦争はスエズ運河を巡ってエジプトとイスラエル、イギリス、フランスが争った戦争である。スエズ動乱、スエズ危機、スエズ戦争とも呼ばれる。イスラエル軍が勝利した。